ブライトリングスーパーコピーDC-3、77年目の機体が来訪|BREITLING

ブライトリングスーパーコピーDC-3、77年目の機体が来訪|BREITLING




BREITLING|ブライトリング
「ブライトリングスーパーコピー」リポート


「航空史上でもっとも重要な旅客機」と称されるダグラスDC-3。1935年の初飛行以来、およそ10年の間に約1万6000機が製造されたベストセラー旅客機である。しかし時の流れは、その機体数を100分の1にまで減らし、現存するのは150機ほどだという。そのうちの貴重な一機が現在挑んでいるのが「ブライトリングDC-3 ワールド・ツアー」である。


航空文化継承のために尽力


スイスに本拠地を置く時計メーカー、ブライトリング。現在、航空界のパートナーとしての地位を不動のものとしているが、そのきっかけとなったのが、1931年に開発した「コックピット・クロノグラフ」だ。この時計はフライトタイムの正確な計算を可能とするだけでなく、耐久性、衝撃耐性、耐震性、視認性においても高いレベルを確保した。信頼性が命を左右する航空界において、ブライトリングの存在は絶大なものになっていくのだ。


航空界の揺籃(ようらん)時代からともに歩んできたブライトリング。ゆえに航空文化の継承にも力を注いでいる。そのひとつが『スーパーコンステレーション・フライヤーズアソシエーション』への支援だ。この非営利団体は歴史的な価値を持つ機体を次世代に継承すべく、修復し、飛行可能な状態で保存することを目的に活動している。今回、日本にお目見えしたブライトリングDC-3もそうして、修復され、保存されている機体のうちの一機である。


ダグラスDC-3はアメリカ大陸横断のために開発された双発プロペラ機で、初飛行は1935年12月17日。特徴は他の航空機と比べて、耐久性があり、燃費に優れ、航続距離を延伸させたことが挙げられる。そして、その全方向の性能の高さで人気となり、1942年の生産終了(軍用機は1945年)まで、約1万6000機が製造されたのである。


左/往年のダグラスDC-3。停機中の機体は水平ではなく、後部が下がった状態になるのが特徴だ。右/かつてDC-3を採用していた全日本空輸のパイロットと客室乗務員が福島空港で久しぶりの対面を果たした。