乳がんを乗り越えて。クロエコピー【世界の最新出産レポート 】

出産をめぐる世界の最新事情を総力取材する連載第6弾は、乳がんと診断されたナターシャの、2年近くに及ぶがん治療から妊娠までの壮絶な戦いの記録。妊娠率2%にまで落ち込んだ彼女を待ち受けていた試練とは……
私は36歳の時、トリプルネガティブ乳がんと診断されました。クロエコピー11月のことでした。しこりが見つかったあと、6度の化学療法に加え、腫瘍摘出手術を受ける必要があると宣告されました。悪性腫瘍でした。当時付き合っていた男性とは、これが理由で別れることになりました。もっとも一般的な種類の乳がんはホルモン応答性といわれるもので、これはエストロゲンを取り込んで大きくなります。一方、私のがんはトリプルネガティブ乳がんという比較的稀なケースで、治療が困難になる可能性がありました。ただ、幸いにも、医師たちは、化学療法が通用する程度に早期発見ができたと確信していました。
私は、卵子を冷凍保存したいと申し出ました。ところが、最初のコンサルタントは話を聞いてはくれず、速やかに治療を始めることを最優先すべきだと言われました。けれど、私は「これを乗り越える!」という信念がありました。もう一つの進める道にこそ、自分の望む人生があるのだと信じる必要があったんです。
そして、コンサルタントを変えてもらいました。次のコンサルタントは、治療を遅らせて1度だけ採卵をすることに同意してくれました。最終的に、5個の卵子を冷凍保存することができました。
乳房切除手術。
6度目の化学療法が終わったとき、がんはかなり縮小していました。医師たちは、予定されていた腫瘍摘出手術の前に、もう一度、化学療法をしたいと言ってきました。私は、自分のがんが遺伝性かどうかを確かめるため、BRCA1遺伝子検査を依頼しました。7か月の時間をかけて出された結果は、がんが遺伝性だったという事実でした。つまり、再発の可能性が高いということです。さらに、子宮がんの発症率が高いこともわかりました。腫瘍摘出手術の準備をしていたのが、1週間のうちに片側の乳房切除手術の準備へ、そして両側の乳房切除手術の準備へと変わっていきました。
医師たちは、今後のリスクを鑑みて、卵巣も摘出することが一番の安全策だと言いました。ただし、その時点で私は体重をかなり落としており、負担に耐えられない状態だったので、卵巣の摘出はあとに回すことになりました。このとき、がん宣告を受けてから、1年半の月日が経っていました。
私は、乳房再建手術のために、事前にいろいろとリサーチをしていました。そしてとても幸いなことに、私の話を親身になって聞いてくれる素晴らしい女性たちのサポートを得ることができました。乳首をできるだけ本物らしく、自然に見えるように残したいと考えていました。
7%の可能性に賭けるべきか?
がん治療がすべて終わると、私は38歳になっていました。そこで、私は自分の生殖能力をチェックするため、診療所を訪れました。治療前、私の生殖能力は36歳にしては良好だったのに対し、がん治療後の検査では、妊娠率2%という結果でした。私の生殖能力は、10年分も衰えていたのです。

出産をめぐる世界の最新事情を総力取材する連載第6弾は、乳がんと診断されたナターシャの、2年近くに及ぶがん治療から妊娠までの壮絶な戦いの記録。妊娠率2%にまで落ち込んだ彼女を待ち受けていた試練とは……
私は36歳の時、トリプルネガティブ乳がんと診断されました。クロエコピー11月のことでした。しこりが見つかったあと、6度の化学療法に加え、腫瘍摘出手術を受ける必要があると宣告されました。悪性腫瘍でした。当時付き合っていた男性とは、これが理由で別れることになりました。もっとも一般的な種類の乳がんはホルモン応答性といわれるもので、これはエストロゲンを取り込んで大きくなります。一方、私のがんはトリプルネガティブ乳がんという比較的稀なケースで、治療が困難になる可能性がありました。ただ、幸いにも、医師たちは、化学療法が通用する程度に早期発見ができたと確信していました。
私は、卵子を冷凍保存したいと申し出ました。ところが、最初のコンサルタントは話を聞いてはくれず、速やかに治療を始めることを最優先すべきだと言われました。けれど、私は「これを乗り越える!」という信念がありました。もう一つの進める道にこそ、自分の望む人生があるのだと信じる必要があったんです。
そして、コンサルタントを変えてもらいました。次のコンサルタントは、治療を遅らせて1度だけ採卵をすることに同意してくれました。最終的に、5個の卵子を冷凍保存することができました。
乳房切除手術。
6度目の化学療法が終わったとき、がんはかなり縮小していました。医師たちは、予定されていた腫瘍摘出手術の前に、もう一度、化学療法をしたいと言ってきました。私は、自分のがんが遺伝性かどうかを確かめるため、BRCA1遺伝子検査を依頼しました。7か月の時間をかけて出された結果は、がんが遺伝性だったという事実でした。つまり、再発の可能性が高いということです。さらに、子宮がんの発症率が高いこともわかりました。腫瘍摘出手術の準備をしていたのが、1週間のうちに片側の乳房切除手術の準備へ、そして両側の乳房切除手術の準備へと変わっていきました。
医師たちは、今後のリスクを鑑みて、卵巣も摘出することが一番の安全策だと言いました。ただし、その時点で私は体重をかなり落としており、負担に耐えられない状態だったので、卵巣の摘出はあとに回すことになりました。このとき、がん宣告を受けてから、1年半の月日が経っていました。
私は、乳房再建手術のために、事前にいろいろとリサーチをしていました。そしてとても幸いなことに、私の話を親身になって聞いてくれる素晴らしい女性たちのサポートを得ることができました。乳首をできるだけ本物らしく、自然に見えるように残したいと考えていました。
7%の可能性に賭けるべきか?
がん治療がすべて終わると、私は38歳になっていました。そこで、私は自分の生殖能力をチェックするため、診療所を訪れました。治療前、私の生殖能力は36歳にしては良好だったのに対し、がん治療後の検査では、妊娠率2%という結果でした。私の生殖能力は、10年分も衰えていたのです。